カチ、カチ……。
時刻は、午後8時をとうに過ぎている。蛍光灯だけが煌々と光る静かなオフィスで、俺、健太のキーボードを打つ音だけが虚しく響いていた。
モニターの右下には、受信トレイのアイコンに付いた「32」という無慈悲な数字。それが今日のノルマであり、絶望の象徴だった。
1通のメールを書くのに、15分。いや、もっとか。 「お世話になっております」で始まり、「ご確認のほど、よろしくお願い申し上げます」で締める。その間の、たった数行の文章を紡ぎ出すために、俺の脳みそはフル回転し、そしてショートする。
(この表現、部長に失礼じゃないか?) (もっと角が立たない断り方は……) (CCに入っている山田さんにも配慮した一文を……)
調べては書き、書いては消し。その繰り返しで、貴重な人生の時間が、サーバーの海に溶けていく。
特に地獄なのが、通称「高難度メール」だ。 クライアントからの無理な依頼への「お断りメール」。 予期せぬトラブルに対する「お詫びメール」。 複数の上司や取引先の候補日をまとめる「日程調整メール」。
これらのメールを前にすると、俺は完全にフリーズする。
そんな俺の絶望をよそに、いつも涼しい顔で仕事を終え、定時の18時に「お先に失礼しまーす」と颯爽と帰っていくのが、隣の席の美咲先輩だ。仕事量は俺の倍以上のはずなのに、なぜ。
彼女は天才なのか? それとも俺の要領が悪すぎるのか?
その謎が解けるまで、俺はこの残業地獄から抜け出せない。そう思っていたある夜、勇気を振り絞って尋ねた一言が、俺のビジネスライフを根底から覆すことになった。
天才だと思っていた先輩の「秘密の相棒」
「あの、美咲先輩……。どうしてそんなに仕事が、特にメールが速いんですか? 何かコツとかあるんでしょうか……」
残業で朦朧とする頭で、藁にもすがる思いで尋ねた俺に、美咲先輩は悪戯っぽく笑い、自分のノートPCの画面をこちらに向けた。
「コツねぇ……。私は、優秀なパートナーに手伝ってもらってるだけだよ」
そこに表示されていたのは、見慣れたプロジェクト管理ツールでも、気の利いたテンプレート集でもなかった。
無機質な、チャットウィンドウ。 そう、最近話題の「生成AI」の画面だった。
「え……AI、ですか? メールをAIに書かせてるんですか?」 俺は思わず声を上げた。 「そんなの、定型文みたいで、心がこもらないんじゃ……。取引先に失礼にあたりませんか?」
それが、AIに対する俺の率直なイメージだった。機械が作った、冷たくて、誰にでも当てはまるような文章。そんなものを送るなんて、とんでもない。
俺の疑念に満ちた顔を見て、美咲先輩は楽しそうに続けた。
「健太くん、そこが最初の勘違い。AIに『丸投げ』するんじゃないの。AIを『優秀な自分専用の秘書』として育てるのよ」
育てる? 秘書? 意味が分からず固まる俺に、美咲先輩の集中講座が始まった。
3ステップで完了!AIを「最強の秘書」に育てる方法
「いい? まず一番大事なのは、AIに『あなたは何者か』を教え込むこと。これを最初にやるだけで、生成される文章の質が劇的に変わるから」
ステップ1:AIに「役割」と「人格」を与える(ペルソナ設定)
美咲先輩は、AIの画面に設定済みの「カスタム指示」を見せてくれた。
あなたは、株式会社〇〇ソリューションズの営業部に所属する、入社10年目の敏腕社員です。常に相手への配慮を忘れず、丁寧かつ、簡潔で分かりやすいビジネスメールを作成します。特に、以下の点を重視してください。 - 結論を先に書く - ポジティブな表現を心がける - 相手に次の行動を促す一文を必ず入れる
「こうやって、最初に『あなたはこういう人間ですよ』って役割と人格を設定しておくの。そうすると、AIはその人格になりきって文章を考えてくれる。毎回自己紹介する手間が省けるし、文章のトーンも安定するでしょ?」
なるほど……。ただ「メールを作って」とお願いするのではなく、前提条件をしっかり与えるのか。
ステップ2:箇条書きで「事実」と「要望」を伝える
「次に、メールの内容。ここで長々と文章を書く必要は全くない。箇条書きで、必要な情報だけをAIに伝えるの」
美咲先輩は、ちょうど俺が30分以上頭を抱えていた「取引先からの無理な納期短縮依頼への、お断りメール」を例に、実践して見せた。
以下の内容で、取引先の佐藤様宛のメールを作成してください。 【依頼内容】 - 開発中のシステムAについて、納期を1週間早めてほしいとの依頼があった。 【こちらの状況】 - 現在のテスト工程で重要なバグが発見されており、その修正に時間がかかるため、納期短縮は物理的に不可能。 【伝えたいこと】 - 依頼に対する感謝をまず伝える。 - 納期短縮が難しい理由を、誠意をもって丁寧に説明する(こちらの都合だけでなく、品質担保のためであることを強調)。 - 代替案として、一部機能の先行納品を提案する。 - 今後も良好な関係を築きたいという意欲を示す。
俺が頭の中でこねくり回していた内容が、見事に整理されている。これをチャットウィンドウに投げ込むと、AIはわずか5秒ほどで、流麗なビジネスメールを生成し始めた。
ステップ3:AIの下書きを「自分の言葉」で仕上げる
画面に表示されたメール文面に、俺は言葉を失った。
件名:システムAの納期に関するご相談 株式会社〇〇 佐藤様 いつも大変お世話になっております。 株式会社〇〇ソリューションズの〇〇です。 この度は、システムAの納期についてご相談いただき、誠にありがとうございます。 一日も早いリリースをご期待いただいている中で大変恐縮なのですが、 現状では、ご要望いただいた納期へと短縮することが難しい状況です。 現在、最終テスト工程において、システムの安定稼働に関わる重要なバグが発見されており、 この修正と再検証に万全を期すことが、長期的な品質担保に不可欠であると判断いたしました。 ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません。 つきましては、代替案とはなりませんが、主要機能である「〇〇機能」のみを先行して納品させていただくことは可能かと存じます。 もしよろしければ、一度お時間をいただき、詳細をご説明させていただけますでしょうか。 今後ともご期待に沿えるよう、プロジェクトメンバー一同、一層尽力してまいりますので、 何卒ご理解いただけますと幸いです。 引き続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。
「す、すごい……。俺が2時間かけて書くメールより、100倍丁寧で完璧じゃないですか……」
呆然とする俺に、美咲先輩はとどめの一言を放った。
「でしょ? でも、ここでコピペして終わり、じゃ三流。ここからが、私たちの仕事」
そう言うと、美咲先輩は生成されたメールの冒頭に、すっと一文を書き加えた。
「先ほどお電話でもお話ししました、システムAの納期についてですが、」
「こうやって、AIが知らない『自分と相手だけの文脈』を一行加える。あるいは、文末に『季節の変わり目ですので、佐藤様もどうぞご自愛ください』みたいな、自分の言葉を少しだけ添える。たった10秒。これだけで、AIが書いた下書きが、血の通った『自分のメール』に変わるの。これが、AIを『秘書』として使いこなすってこと」
30秒でメールが1通完成する快感
雷に打たれたような衝撃だった。 AIは、俺の仕事を奪う敵じゃない。俺を、もっと創造的で、人間らしい仕事に集中させてくれる、最強のパートナーなんだ。
その日から、俺の働き方は一変した。 朝、出社して受信トレイを開く。 複雑なメールから順番に、美咲先輩に教わった通り、箇条書きでAIに指示を出す。
AIが5秒で下書きを作る。 俺が10秒で確認し、パーソナライズする。 送信ボタンを押す。 この間、わずか30秒。
あれだけ俺を苦しめていたメールの山が、嘘のように、面白いように片付いていく。午前中のうちに、受信トレイは「0」になった。
初めて定時で会社を出た日、夕方の明るい空を見上げて、俺は本気で泣きそうになった。AIが生み出してくれたのは、ただの時間じゃない。心の余裕と、新しいことに挑戦する意欲だった。
メール作成に使っていた1日2時間以上の時間が、新しい企画の立案や、クライアントへの訪問、自己投資のための勉強時間に変わった。仕事が、楽しくなってきた。
もう、俺はメール作成に怯えない。だって、俺には「最強の秘書」がついているのだから。
もしあなたが、かつての俺のように、鳴りやまない通知と終わらないメール返信に絶望しているのなら、騙されたと思って試してみてほしい。
AIは、あなたの仕事を奪わない。あなたの「あなたにしかできない仕事」の時間を取り戻してくれる、最高の相棒なのだから。
【コピペOK】そのまま使える!シーン別・魔法のプロンプト集
①お断りメール
以下の内容で、取引先の〇〇様宛の丁寧な「お断りメール」を作成してください。 #依頼内容 - #こちらの状況(お断りする理由) - #伝えたいこと - 依頼への感謝 - お断りせざるを得ないことへの謝罪 - 理由(誠意をもって) - 代替案の提示(もしあれば) - 今後も良好な関係を築きたいという意欲
②お詫びメール
以下の内容で、お客様の〇〇様宛の誠意ある「お詫びメール」を作成してください。 #発生した問題 - #問題の原因 - #伝えたいこと - 多大なるご迷惑をおかけしたことへの心からの謝罪 - 問題の原因説明 - 今後の具体的な対応策 - 再発防止への誓い - (必要であれば)直接謝罪に伺いたい旨
③日程調整メール
以下の内容で、複数名(A様、B様、C様)への「打ち合わせ日程調整メール」を作成してください。 #目的 - 〇〇に関する打ち合わせ #候補日時(こちらの希望) - 9/5 (金) 13:00-15:00 - 9/8 (月) 10:00-12:00 - 9/9 (火) 終日 #伝えたいこと - 打ち合わせの目的と所要時間(約1時間を想定) - 上記候補日時からご都合の良い時間を選んでもらう - もし上記で都合が悪ければ、逆に候補をいくつか提示してほしい旨 - 回答期限(〇月〇日まで)