エージェントを組むとき、つい1体にツールを全部盛りしたくなる。検索もコードレビューもテスト生成も、なんでもできる万能選手が一番強いはず、と思いがちだ。でもClaudeのマルチエージェント機能のドキュメントを読むと、その全部盛りはむしろ質を落とすと書いてある。万能を1体作るより、専門を分けて協調させたほうがいい、と。ただし分けた分だけトークンは膨らむ。この気持ちよさと代償を、現場目線で整理してみる。
- 1体に全部やらせない、という選択
- 分けると質が上がる、その理屈
- 賢さはタダじゃない、トークンは15倍
- 委譲は1階層まで、という割り切り
- 動いている中身は、調整役ごしにしか見えない
- 最初に割るなら、どのエージェントか
1体に全部やらせない、という選択
まず土台の確認から。マルチエージェントというのは、1つのエージェントが他の複数のエージェントと連携して、大きな仕事をこなす仕組みのこと。Claude Platform 上で動く Managed Agents(Anthropic が管理する環境で走らせるエージェント)に用意された機能で、使うには managed-agents-2026-04-01 というベータ用の合図をリクエストに付ける(SDK を使えば自動で付く)。
構造はシンプルで、人のチームによく似ている。まん中に調整役(coordinator)が1人いて、その下に専門のエージェントが何体かぶら下がる。調整役は仕事の全体像を持っていて、「これはレビュー担当に」「これはテスト担当に」と振り分ける。振られた側は自分の担当ぶんだけを片付けて、結果を調整役に返す。調整役はそれを束ねて全体の答えにする。Claude Code を触っている人なら、あのサブエージェントに仕事を振る感覚に近い、と言えば早いと思う。
面白いのは、それぞれのエージェントが自分専用の作業スレッド(session thread)を持つという点。スレッドというのは、そのエージェントだけの会話履歴を持った独立した作業場のことだと思えばいい。担当 A の会話と担当 B の会話は混ざらない。しかも履歴は消えずに残るので、調整役はあとから「さっきの件だけど追加で」と同じエージェントに話しかけられる。呼ばれた側は前回のやりとりを覚えたまま応じる。
何が共有されて、何が共有されないかも整理しておきたい。全エージェントで共通なのは、同じサンドボックス(隔離された実行環境)とファイルシステム、それに金庫(vault)に入った認証情報。逆に共有されないのが、使えるツール、つないでいる外部サービス、そしてそれまでの文脈。ここが肝で、各エージェントは model・システムプロンプト・ツール・外部接続・スキルを自分専用に設定できる。つまり本当に「別の人格」を何体か立てて、それぞれに違う道具と役割を持たせている。
分けると質が上がる、その理屈
なぜわざわざ分けるのか。理由は大きく3方向にまとまる。
ひとつは、独立した作業を同時にばらまけること。複数のソースを一気に調べる、別々のファイルを並行して分析する、といった「互いに関係ない仕事」を各エージェントに配って、調整役が結果を合流させる。1体が順番に処理するより速い。
次に、専門特化。セキュリティ担当のエージェント、ドキュメント担当のエージェント、というふうに役割ごとに尖らせておく。1体にあらゆる能力を積むより、担当を割ったほうが精度が出る。現場感覚で言うと、これは腹落ちする話で、1体のエージェントに指示を盛れば盛るほど、肝心の指示が薄まって取りこぼしが増える。人に仕事を頼むときと同じで、「なんでもやって」より「これだけやって」のほうが質は上がる。
最後が、格上げ(escalation)。ふだんは軽いモデルで回しておいて、難しい部分だけ賢いモデルに相談する。ドキュメントの例だと、調べもの担当を安い Haiku、まとめ役の調整役を Opus に振り分けていた。全部を一番賢いモデルで回すのは贅沢すぎるし、全部を軽いモデルにすると詰めが甘い。役割ごとに階級を変えるわけだ。マネージャー目線でいうと、これはチーム編成そのもの。全員をシニアで固めたら人件費が破綻するし、全員ジュニアだと難所で止まる。エージェントでも同じ勘定が働くのが、個人的にはちょっと面白かった。
賢さはタダじゃない、トークンは15倍
ここまで読むと分けたくなってくるけど、代償の話をしないのはフェアじゃない。
Anthropic 自身が別のマルチエージェント研究(How we built our multi-agent research system)で出している数字がわかりやすい。マルチエージェント構成は、ふつうのチャットに比べてトークンをおよそ15倍食う。その代わり、調べもの系のタスクでは単一エージェントより90%以上いい答えを出した。しかも性能のばらつきの8割はトークン消費量で説明がつく、つまり「たくさん考えさせた分だけ賢くなっている」という身も蓋もない関係になっている。今回の Managed Agents API そのものの実測値ではないけれど、マルチエージェントという構え方の傾向としては共通するはずだ。
だから使いどころの線引きがそのまま損得の線引きになる。効くのは、答えを出すのに独立した方向をいくつも並行して探る必要がある仕事、分解しても各パーツが自立している仕事、そして15倍払ってでも価値のある高単価な仕事。逆に向かないのは、全エージェントが同じ文脈を共有していないと進まない仕事、パーツ同士の依存が多くて頻繁にすり合わせが要る仕事、リアルタイムの連携が必要な仕事。ここに当てはまるものを無理に分けると、15倍の請求書だけ来て、賢さは手に入らない。
前に Managed Agents のスケジュール実行を取り上げたとき、「人が見ていない時間に走ってトークンを溶かす」怖さを書いた。マルチエージェントはその溶け方が並列で効いてくる。5体が同時に動けば、消費も同時に5本走る。分けること自体が気持ちいいので、つい役割を増やしたくなるけど、増やすほど財布に効くという感覚は先に持っておいたほうがいい。
委譲は1階層まで、という割り切り
設計の細部に、Anthropic の割り切りがよく出ている。
まず、委譲は1階層まで。調整役はその下のエージェントには振れるけど、そのまた下には振れない(深い階層は無視される)。組織図でいうと「部長→メンバー」までで、「部長→課長→メンバー」の多段は組めない。ツリーを深くして複雑な指揮系統を作りたくなる誘惑を、仕様の側で先に潰している。フラットに保て、ということだと思う。この縛りはしばらく緩まない気がする。深い階層を許した瞬間、暴走と追跡不能が跳ね上がるので。
数の上限もある。調整役の名簿(roster)に載せられる顔ぶれは最大20種類まで。ただし同じエージェントのコピーは何体でも呼べる。そして同時に動かせるスレッドは最大25本。25本を使い切りそうなら、仕事を終えたスレッドをアーカイブ(退避)して枠を空ける。走りっぱなしのスレッドはいったん割り込み(interrupt)で止めてからでないとアーカイブできない、といった作法もある。この辺は、放っておくと枠が埋まる前提で運用を設計しておく話。
個人的にいちばん効くと思ったのは、外部サービスの接続がエージェント単位で絞れること。外部ツール(MCP サーバー)はエージェントごとに宣言する一方で、金庫の認証情報はセッション全体に配られる。ドキュメントの例では、GitHub につなぐのは調べもの担当だけに宣言していて、調整役は GitHub に触れない。必要なエージェントにだけ、必要な鍵と接続を渡す。前に取り上げた「Claude に本物の鍵を見せず、境界で差し替える」封じ込めの発想と地続きで、権限を構造で絞る設計になっている。エージェントを増やすほど攻撃面は広がるので、この最小権限が標準で組み込まれているのは素直にありがたい。
動いている中身は、調整役ごしにしか見えない
運用で気をつけたい弱点も正直に書いておく。
サブエージェントが何をやっているか、外からは全部は見えない。セッション全体の実況(primary thread)に流れてくるのは、各エージェントの開始と終了、それと「ツールを使う許可がほしい」といった手が止まるイベントくらい。要は凝縮された要約ビュー。あるエージェントがどう考えて、どのツールをどう叩いたかまで追いたければ、そのエージェント専用のスレッドに個別に潜って中を覗く必要がある。ふだんは要約で足りるけど、うまく動かないときのデバッグは、この「潜る」ひと手間がついて回る。
もうひとつ、調整役が渡す指示がすべてを決める。サブエージェントは親の文脈を引き継がないので、調整役の投げ方が雑だと、下は見当違いの仕事を全力でやってしまう。束ねる質も調整役次第。人のマネジメントで、指示が下手な上司の下だと優秀な部下も空回りするのと同じ構図で、ここは賢いモデルを調整役に置く理由でもある。
そして全体がまだパブリックベータ。仕様が変わる余地はあるし、Claude Platform の上で動く以上、その基盤への依存とコストは引き受けることになる。今すぐ本番の重い仕事を丸ごと預けるより、まずは壊れて困らない範囲で感触を確かめる段階だと思う。
最初に割るなら、どのエージェントか
マルチエージェントは、うまくハマれば1つの文脈に収まらない仕事を並列でさばける強力な構えだ。でも分ければ賢くなる魔法ではなくて、分けるに値する仕事にだけ効く道具、というのが正直なところ。
試すなら、いきなり5体のチームを組もうとしないほうがいい。いま1体に全部やらせているエージェントから、読み取り専用の調べもの担当をひとつだけ切り出すあたりが入りやすいと思う。そいつを軽い Haiku に載せて、外部接続も本当に要るものだけ渡す。それを調整役から呼ぶ形に組み替えて、まず「トークンがどれだけ増えて、まとめの質がどれだけ変わったか」を1体ぶんで見る。効くと確信できてから、担当を1体ずつ足していく。
半年もすれば、この「まず薄い調べもの担当を1体切り出す」みたいな定番の入り方が、界隈で固まってくる気がする。エージェントを分けるかどうかで悩んだら、判断軸は1つでいい。その仕事は、独立した方向に分解できるか。分解できるなら15倍の価値はある。分解できないなら、1体のままで十分だ。