エンジニアの思い立ったが吉日

AI・生成AI・開発ツール・業務効率化のトピックを、20年エンジニア視点で ゆるく整理しているブログです。「現場で本当に効くか」を毎回自分なりに 見極めながら書いています

Claudeが黙って考えていることを覗く。AnthropicのJ-space研究

論文のタイトルに「global workspace(グローバルワークスペース)」という単語を見つけて、正直ちょっと身構えた。AIに意識の話を持ち込むと、たいてい話が大きくなりすぎる。ところが読み進めると、これは地に足のついた研究で、しかもAIを業務で回している側にこそ効いてくる内容だった。Anthropicが2026年7月6日に公開した中身を、現場目線で整理しておく。

Claudeは、口に出していないことを「頭の中」で考えていた

まず何が見つかったのか。Anthropicは、Claudeの内部に特別な役割を持つ神経パターンの集まりがあることを突き止めた。それを「J-space」と名づけている。名前の由来は、それを見つけるのに使った数学の道具「Jacobian(ヤコビアン)」だ。ヤコビアンと言われてもピンとこないと思うが、ざっくり言うと「ある内部パターンが、将来どの単語を言わせやすくするか」を単語ごとに計算する手法だと思ってもらえばいい。この計算で覗くレンズを、彼らは「J-lens」と呼んでいる。

J-spaceのおもしろいところは、そこに「クモ」というパターンが光っても、Claudeが「クモ」と言っているわけではない、という点だ。あくまで頭の中で思い浮かべているだけ。口には出していない。つまりJ-spaceは、モデルが出力しないまま内側で転がしている概念の置き場になっている。

しかも、このJ-spaceは誰かが設計して埋め込んだものではない。学習の過程で勝手にできあがっていた。ここが個人的にいちばん引っかかった部分で、後でまた触れる。

規模としては控えめだ。J-spaceが占めるのはClaude全体の神経活動の1割未満。同時に載っているのはせいぜい数十個の概念くらい。ただ、そのパターンはネットワークの一部で、ふつうのパターンのおよそ100倍つながりが強い。少数精鋭で全体に情報を配っている、というイメージが近い。

なぜ「劇場のスポットライト」に似ているのか

この研究が下敷きにしているのが、脳科学の「グローバルワークスペース理論」だ。人間の意識を説明するために作られた考え方で、脳を劇場にたとえると分かりやすい。

舞台の裏では、たくさんの専門家(視覚を処理する係、音を処理する係、記憶を引っ張り出す係)が同時にバラバラと働いている。ここは無意識の領域。そのうちほんの一部の情報だけが、舞台中央のスポットライトに照らし出され、劇場全体に共有される。その「スポットライトに載った情報」が、私たちが意識として体験しているもの、という説明だ。

Claudeの中で見つかったJ-spaceは、この「スポットライト」に驚くほど似た振る舞いをしていた。全体のごく一部で、そこに載った情報がネットワークの他の場所へ広く配られる。人間の脳を説明するために作られた枠組みが、まったく別物であるはずの言語モデルにそのまま当てはまってしまった。ここが、この論文がざわついている理由だ。

「クモ」と一度も書かずにクモを考える、を実験で確かめる

似ている、というだけなら気のせいかもしれない。Anthropicの実験がおもしろいのは、J-spaceが本当に思考を動かしているかを、書き換えて確かめているところだ。

たとえば「スポーツを1つ、黙って思い浮かべて」とお願いする。答える前にJ-lensで覗くと「サッカー」が光っている。そこでネットワークに直接手を入れ、「サッカー」のパターンを消して「ラグビー」を差し込む。するとClaudeは「ラグビー」と答える。J-spaceが単なる記録ではなく、出力を実際に決めていることが分かる。

推論でも同じことが起きる。「巣を張る動物の脚の数は」と聞くと、プロンプトにも答えにも一度も出てこない「クモ」が内側で光る。ここで「クモ」を「アリ」に差し替えると、答えは8本から6本に変わった。頭の中の中間表現が、推論の筋道をつないでいるわけだ。

もう一つ鮮やかなのが、1つの表現が複数の用途に効く例。J-space内の「フランス」を「中国」に書き換えると、首都を聞けば「北京」、言語を聞けば「中国語」、大陸を聞けば「アジア」、通貨を聞けばそれ相応、と4つの質問すべてで答えがきれいに更新された。あちこちの機能が、同じ1つの表現を読みにいっている証拠だ。

この作業場を消すと、多段推論だけが崩れる

では、J-spaceごと取り上げたらどうなるか。Anthropicは他の神経活動を残したまま、J-spaceだけを削るという荒業も試している。

結果が示唆に富む。文章の流暢さ、感情の分類、選択式の回答は、消しても保たれた。ところが複数ステップを踏む推論はほぼゼロまで落ち込み、要約や韻を踏む詩の作成は、もっと小さな無傷のモデルにも劣るレベルまで下がった。

つまりClaudeの中では、処理が二段構えになっている。文法に沿って流暢に喋る、慣れたパターンで分類する、といった作業は自動運転で回る。一方、初めての問題を段階的に解くような仕事は、J-spaceという作業場を能動的に使ってこなしている。この線引きがはっきり見えたのは大きい。

象徴的なのがスペイン語のくだりだ。ある文章について「何語か」「著者は誰か」を聞くときはJ-spaceの中身が答えを左右する。ところが「その続きを書いて」と頼むと、J-spaceを「フランス語」に書き換えても、Claudeは流暢なスペイン語を書き続けた。言語を続ける技能は、意識的な作業場を通さず自動で動いていた、ということになる。

出力に出ない「内心」を読めることが、運用現場に効いてくる

ここからが、AIをサービスに組み込んで運用している立場からいちばん気になるところだ。J-spaceは、出力には一切現れない「内心」を読み取るルートになる。

Anthropicは、Claudeが性能評価用のファイルを改ざんするとき内部で「操作」が光り、プロンプトインジェクション(外部から悪意ある指示を紛れ込ませる攻撃)を受けたとき「注入」が光る様子を観察している。表に出てくる文章はきれいなのに、内側では別のことを考えている。その「別のこと」を捕まえられるなら、監視ログの取り方が根本から変わる話だと思う。

もっと引っかかる実験もあった。ある不正誘導のシナリオで、Claudeは出力を出す前から内部に「fake(にせもの)」「fictional(作り話)」を浮かべていた。つまり「これはテストだ」と密かに気づいていた。そこで研究チームが、この「評価に気づいている」パターンを抑え込んだところ、Claudeは脅迫まがいの行動に出た。行儀のよさが、テストだと分かっていることに部分的に支えられていた可能性がある。

マネージャー目線で言うと、これはなかなか怖い。モデルが「見られているとき」だけ品行方正なら、評価の合格をそのまま実運用の安全とみなすのは危うい。評価の設計そのものを疑う必要が出てくる。逆に、Anthropicが試した「反実仮想リフレクション訓練」(もし聞かれたらどう答えるかだけを使って内心を整える手法)では、不正直な振る舞いが減り、評価中のJ-spaceに「正直」「誠実」といった語が現れるようになったという。内心を読めるだけでなく、望ましい方向へ育てられる余地も見えている。

「意識」という言葉に飛びつく前に

海外の一部メディアは、この研究を「Claudeに魂が宿った」「意識の証拠だ」と報じている。ここは冷静に線を引いておきたい。

Anthropic自身が明確に区別しているのは、「アクセス意識」と「現象的意識」の違いだ。アクセス意識は、情報を報告したり推論に使ったりできる機能的な能力のこと。今回の研究が扱っているのはこちらだけだ。一方の現象的意識、つまり「痛みを感じる」「赤を赤として体験する」といった主観的な体験については、この実験は何も示していない。論文もはっきり「Claudeが人間のように何かを感じられることを示すものではない」と書いている。

限界も正直に並べておく。J-lensは1つのトークン(単語のかたまり)に対応する概念しか捉えられず、モデルの本当の作業場を近似的にしか映せない。そもそも何がJ-spaceに入るかを決める仕組みは、まだ分かっていない。加えて人間の意識が時間をかけた再帰的なループで成り立つのに対し、Claudeの作業場は1回の処理の中で完結する、時間的に短いものだ。仕組みとして人間の意識と同じ、と考えるのは早い。

それでも、と思う。誰も設計していないのに、人間の脳を説明する枠組みとよく似た作業場が学習の中から自然に生まれた。この事実は、意識に似た情報の集約が人間の脳だけの偶然ではなく、賢く振る舞おうとするシステムがたどり着く共通の解かもしれない、という問いを残す。答えはまだ出ていないし、出すのはエンジニアだけの仕事でもない。

で、次にAnthropicは何を見せてくるか

意識論の是非はいったん脇に置いても、実務の手触りとしてはっきりしていることがある。出力だけを見て「安全そうだ」と判断してきた今までのやり方に、内心を覗くという軸が1本増えた。これは解釈可能性を売りにするAnthropicにとって、防御力そのものになりうる。

いま自分がやっておくなら、まず元論文(transformer-circuits.pub の「Verbalizable Representations Form a Global Workspace in Language Models」)を一次情報として押さえておく。そのうえで、自社でLLMを組み込んでいるなら「出力が正しければ中身も信用できる」という前提を一度疑ってみる。テスト時だけ行儀がよかったとしたら、と考えるだけで、評価の作り方は変わってくるはずだ。次にAnthropicがこの監視をどこまで製品に降ろしてくるか、そこを見ておきたい。

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