AI がコードを書いてくれるなら、専門知識なんていらなくなる。そう思っていた人ほど、この分析は読む価値がある。Anthropic が約 40 万件の Claude Code の利用データを調べたところ、結論はむしろ逆だった。AI に任せられる部分が増えるほど、人間側の専門性が効いてくる。しかも効くのは「コードが書ける」ことではなく、「問題を正確に言葉にできる」こと。AI 時代に自分の価値がどこに残るのかを考えるうえで、いい材料になる。中身を整理する。
- AIがコードを書くほど、効くのは「専門性」だった
- 何を作るかは人間が7割、どう作るかはAIが8割
- 詳しい人ほど、一言でAIがたくさん働く
- 効くのは「コードが書ける」より「問題を正確に言える」こと
- 数字は鵜呑みにしない、自社データの限界
AIがコードを書くほど、効くのは「専門性」だった
まず調べ方から。Anthropic は、2025 年 10 月から 2026 年 4 月までの約 40 万件の Claude Code 対話セッション、約 23.5 万人のユーザーのデータを分析した。統制された実験ではなく、実際の利用ログをプライバシーを守る形で、機械学習の分類器で解析するやり方。誰がどんな作業をして、どこまで成功したかを、会話の中身から推定している。
そこから浮かんだ主張が、タイトルにもなっている「persistent returns to expertise(専門性が、持続的に効き続ける)」。専門性の高い人ほど Claude Code から多くの価値を引き出していて、その差はモデルが賢くなっても消えていない。AI が実装作業を肩代わりするようになっても、深く問題を理解している人ほど得をする構図は崩れていない、という話。
何を作るかは人間が7割、どう作るかはAIが8割
面白いのが、人間と AI の役割分担の数字。セッションを分析すると、はっきりした分業が見える。「何を作るか」という計画の判断は、約 70% を人間が下している。一方で、「どう作るか」という実装の判断は、約 80% を Claude が下している。
つまり、方向を決めるのは人間、その道筋を具体化するのは AI、という分かれ方。平均すると 1 セッションは約 4 ターンのやり取りで、人間の 1 つの指示に対して Claude が約 10 個のアクションを返す。指示を出す人間と、それを受けて細部を埋める AI。この関係は、エンジニアが AI に仕事を振るときの実感ともよく合う。
詳しい人ほど、一言でAIがたくさん働く
ここからが核心。同じ AI を使っても、使う人の専門性で、引き出せる仕事量がまるで違う。
数字で見ると衝撃的。初心者のセッションでは、1 つの指示に対して Claude が動くのは約 5 アクション、出力は約 600 語。ところが熟練者のセッションでは、約 12 アクション、約 3,200 語。同じ一言の指示から、熟練者は 2.4 倍の仕事を AI に引き出している。Anthropic はこれを「持ち込む専門性が高いほど、1 つの指示あたり Claude がより多くの仕事をする」とまとめている。
なぜこうなるか。熟練者は、指示が具体的で、文脈の渡し方がうまいから。「いい感じにして」ではなく「この設計方針で、この制約を踏まえて、こう直して」と渡せる。AI は受け取った指示の解像度に応じて働くので、解像度の高い指示ほど、深く長く動ける。前に Claude Fable 5 の使い方を取り上げたとき、最新モデルは「言われたことを文字どおり受け取る」方向に進んだと書いたけれど、だとすれば指示の質がそのまま成果の質になるのは、ますます理にかなっている。
効くのは「コードが書ける」より「問題を正確に言える」こと
ここがいちばん大事な発見。専門性が効くのは、コードの知識があるからではなく、問題を正確に言葉にできるからだった。
それを示すデータがいくつもある。作業がトラブったとき(エラーや失敗に当たったとき)、何らかの成功まで立て直せた割合は、初心者が 60%、熟練者が 80% 前後。コードを 1 行も書けずに放棄したセッションは、初心者が 19% に対して熟練者は 5〜7%。詳しい人ほど、詰まっても粘って軌道に戻せる。
そして、これはソフトウェア技術者だけの話ではない。検証済みの成功率は、ソフト技術者が 30%、それ以外の職種が 26%。差はわずか。むしろ、ほぼすべての主要職種が、技術者と 7 ポイント以内に収まっていた。コードを書いた経験がなくても、自分の専門領域の問題を正確に言える人なら、AI を使って同じくらい成果を出せている。Anthropic の脚注が示唆的で、管理職がソフト技術者をわずかに上回った結果に対して「マネージャーのように振る舞うことが、成功につながるのかもしれない」と書いている。コードを書く力より、的確に指示を出して舵を取る力。AI を部下のように動かせる人が勝つ、という構図。
ただし、希望を持ちすぎないための数字もある。専門性の効果は、中級者あたりで頭打ちになる。伸びの大半は「初心者→中級」で起きていて、「中級→熟練」ではほとんど増えない。裏を返せば、達人になる必要はなく、自分の領域を中級レベルまで理解していれば、AI から十分な成果を引き出せる、ということでもある。
数字は鵜呑みにしない、自社データの限界
ここは正直に押さえておきたい。これらの数字は全部 Anthropic 自身が、自社の Claude Code のデータを分析したもの。当然、Claude Code が役立つと示すことは同社に都合がいい。そして、Anthropic 自身が限界をかなり率直に並べている点は、評価したい。
たとえば、成功したかどうかは会話の中身を分類器が読んで推定しているだけで、実際にそのコードが本番で使われたのか、捨てられたのかは測れていない。タスクの価値も、フリーランス市場の相場をざっくり当てはめた近似で、あくまで相対的な比較にしか使えない。分類器の精度を大規模に検証するのも難しい、と認めている。さらに、対話型ではない使い方(headless での実行や他社 IDE 経由)は分析から外れていて、これが利用のかなりの割合を占める。
選択効果も見落とせない。熟練者が失敗から立て直せて見えるのは、熟練者ほど難しい問題に挑んでいるからでもある。初心者は簡単な作業で詰まり、熟練者は複雑な作業で詰まる。困難なセッションの推定価値は、専門性の下から上で約 2 倍に増えていた。だから「熟練者は強い」をそのまま受け取るのではなく、土俵の違いも頭に入れて読みたい。Anthropic 自身、これは暫定的な結果で、モデルが賢くなれば変わると断っている。
それでも、大きな方向性は信じていい気がしている。前に再帰的自己改善の論考を取り上げたとき、Anthropic が「人間の比較優位は、より大きな絵を見ることにある」と書いていたのを紹介した。今回のデータは、それを実利用の数字で裏づけている。実装は AI に渡せても、何を作るべきか、どんな問題を解くべきかを定義する力は、まだはっきり人間の側に残っている。
AI にコードを任せられる時代に、エンジニアの価値が消えるわけじゃない。むしろ問われるのは、自分の領域の問題をどれだけ正確に、具体的に言葉にできるか。まず試すなら、次に Claude Code に何かを頼むとき、「いい感じにやって」をやめて、解きたい問題・制約・前提を、部下に仕事を振るつもりで言語化してみてほしい。出力の質が変わるのを体感できるはず。コードの書き方を磨くのと同じくらい、問題を定義する力と、的確に指示を出す力を鍛えることが、この先のエンジニアの効きどころになっていくと思っている。達人になる必要はない。自分の領域を中級まで深く理解して、それを言葉にできれば、AI はそのぶんちゃんと働いてくれる。